子供の頃、砂沼にも白鳥が来ていた。今は野球場になってしまった北の湿地帯に生えた葦の辺りでいつもどこかのおじさんがパンをちぎって与えていた。自分も与えてみたかったけれど、白鳥に与えるパンを買うと駄菓子を買う小遣いが減ってしまうから、我慢していた。
護岸工事をして以降長らく飛来しなくなってしまったけど、最近はまた白鳥が戻って来るようになって、南側に出来た市営の店舗の喫茶店から眺める事ができるようになった。
画像は昔辺りにあった飛来鳥類の説明板

2018年01月23日 00時06分 投稿者:admin
西町林翁寺の参道南側のS字カーブにあった2階建ての木造建築を近所では「あいぜや」呼んでいたが、昔はその名を轟かせた旅籠「会津屋(あいづや)」だったそうだ。筆者の物心がついた時にはすでに廃業しており番頭さんだったおじいさんが住み込みで管理していた。
一時期、下妻一高に遠方から進学した学生が下宿したりもしていたのだが、管理人のおじいさんが亡くなってしばらくして取り壊されて空き地になってしまった。10歳か11歳の頃か。
持ち主は新治にあった「ゆうもあ村」の経営者で、実は壊された会津屋は「ゆうもあ村」に移築されていたのだった。たまたま仕事で「ゆうもあ村」に行った際に、15年ほど前に失われたと思っていた建物を発見し涙が出そうになった。
1999年7月になって知ったのだが、「ゆうもあ村」は廃業したそうだ!廃墟マニアのサイトによると、2004年頃まで建物は残っていたようだが、現在は総ての建物が取り壊されて空き地になってしまったそうだ。残念である。
なお、会津屋のあった林翁寺の参道脇の土地は、現在「ゑびすや」が買い取り駐車場になっている。

ゆうもあ村に移築されていた時の会津屋

廃墟マニアの方のサイトから拝借(すみません)

同じく廃墟マニアの方のサイトから拝借(感謝)
2018年01月15日 00時26分 投稿者:admin