市内中心部三道地北端の西町との境界にあるS字クランクのところにうどん屋「えびす屋」があるのですが、その駐車場のところに立っているコーナーミラーの足元にひっそりと植えられていました(現在は反対側に出来た公園内に移設)。

えびす屋駐車場脇にあった頃の画像
昔この駐車場のところには「会津屋」という老舗旅館がありまして往時の三道地付近の栄華を感じたものです。ものの本によると、下妻は最初新地(上町付近)を切り開き、北の山から木を切って家を建て、木を切った山にまた町を伸ばし、そこが三道地になったそうです。つまり、上町と三道地は下妻で最も早く拓けた町であるということです。
道路元標は、ここが下妻の道路の路程の基準点、地図の真ん中ということを示します。つまりこの周辺が下妻の中心であった証拠です。近所のお年寄りから聞いたのですが、昔はこのクランクの周りに「役場」「警察」「郵便」が集中していたそうで、西町と陣屋の裁判所や拘置所はその名残だという事です。
2018年01月22日 00時47分 投稿者:admin
昭和29年の市制施行の際に下妻市庁舎となり、昭和44年に現在の庁舎ができるまで使われていました。それまで、下妻町の役場は三道地公園(旧郵便局跡地)や、西町林翁寺前などにあったそうです。

私の母は下妻市職員でしたが、就職した際はこの旧庁舎に勤務していたそうです。この庁舎入り口のところに昔は「羽場パン屋」さんがありまして、おじいちゃんとおばあちゃんが営業されてました。母は若い頃随分お昼を買いに訪れたらしく、お店をやめた後でもおばあちゃんは私に会うたびに「お母さんによろしくね」と声をかけてくれたのを思い出します。
下妻ふるさと博物館がオープンした際に、収蔵されていた古民具や資料は全てそちらに移転したため、現在は栗山地区の公民館になっていました。が、数年前に気がついたら、いつのまにか取り壊されて更地に!裁判所も小学校も取壊しの前には市民に通知がされて、内覧会が催されたものでしたが・・。地元に愛が無い方々が自治をやっているとこういう事になりますね。
2018年01月22日 00時40分 投稿者:admin